喫茶の伝播と変遷:アナトリア・バルカン地域を事例として(2009)
A Comparative Study of Tea and Coffee Cultures: Anatolia and the Balkans as Examples(2009)
第一章:検証対象
1.喫茶の「構造」
喫茶とは、『広辞苑』では「茶を飲むこと」とであり、嗜好品(*1) は「栄養摂取を目的とせず、香味や刺激を得るための飲食物。酒・茶・コーヒー・タバコの類」とされる。本研究で検証対象とする「喫茶」とは、人々の日常生活に密着した習慣であり、茶、コーヒー、マテ茶やタバコなどの嗜好品、茶道具、情報、会話など様々な要素と個々の要素間との関係からなる時間や空間を含んだ全体であって、「一連の変形過程を通じて不変の特性を保持する構造」(*2) として捉える。
そして、「文化はシステムとしてのまとまりであり(中略)日本文化の中での茶道を茶陶や茶花などに要素に分解してしまうと、理解が困難になる」(*3) ものである。つまり、喫茶の習慣で日々使われている道具などの要素に、「お湯を沸かし、茶やコーヒーを点て、客が飲む」というような、儀式とも言える一連の流れによって要素が結びつけられたものが喫茶文化といえ、その点から日本の茶道やエチオピアのコーヒー・セレモニーなどを喫茶文化と呼ぶことができる。
このような要素の関係からなる全体としての「喫茶」とはどのようなものであるか、そして、どのような要因との関連から喫茶の伝播、変遷が引き起こされるかを「喫茶の構成要素と伝播・変遷要因のモデル」として提示しておく。(図1)
喫茶は宗教や技術、政治や経済など(図1の黄色の網掛け)から影響を受け、伝播、変遷をする。その逆にオランダ、イギリス、フランスなどの東インド会社やプランテーションの開発にともなう帝国主義下における植民地支配など、政治や経済へも影響を与えてきた歴史があるため、モデル図では両方向の矢印として相互に影響を与えるとしておく。
そして、喫茶を構成する青枠内の茶やコーヒーなどの要素はその成分のもつ覚醒作用、断食時の栄養源など人間が摂取することで影響を受けることになる。この人への作用という点では、基本的には茶でもコーヒーでも、生理的な作用のある飲料であれば代替は可能であると考えられる。そのため、国民飲料というように特定の意味付けがされていない限りは、政治、経済、宗教、社会、技術などの変化、発展などの影響によって短期間にコーヒーから紅茶、茶からコーヒーというような転換が起きる場合がある。それは、地域の実情に合わせて変遷していったものであり、現在の世界の喫茶の多様さとして見ることができる。
また、緑枠の要素のように、喫茶の場は人が集まり、会話をし、情報の交換をするものとして浸透、定着してきたことから、社交の場、コミュニケーションの場としての社会的な意味がある。この喫茶の場は、見知らぬ人同士が出会う場ともなっていたが、その緊張感を解きほぐし、円滑なコミュニケーションを生み出すためには茶やコーヒー、タバコなどのもつ生理的要因も大きく影響していると言える。人々が茶やコーヒーを理由として、外出し、集まることで親交を深める場を形成したということこそが世界中の人々の間に喫茶が浸透した大きな要因だと考えられる。
そして、喫茶を構成する茶器や湯沸しなどの要素についても、喫茶の習慣とともに伝わり、そのまま利用するだけでなく、技術革新などを通してイギリスの陶磁器産業などから独自の茶器を生み出すなど、喫茶の現地化が起きることにもなり、それは多様化の形成として捉えることができる。
このように喫茶は様々な要素からなっているが、要素間のつながりの強弱も地域の習慣や文化によって大きく左右される。それは日本人が湯飲みでコーヒーを飲むことに違和感を覚えるとしても、欧米の人々にとっては何の違和感もないというようなことが起きると考えられる。これは先に述べた「文化はシステムとしてのまとまり」ということにあたると言え、日本人にとって茶と湯飲みという茶道具との要素間のつながりは強いと考えられる。また、時代によって喫茶を構成する要素の増減もあるため、以下、本研究で検証する要素を限定する。
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【引用・参考】
(*1)“嗜好品”を意味する単独の語彙がない言語も多く、外のものが、勝手に嗜好品だと定義しており、現地の社会がそれを定義しているほうが少ないと言われるように、日本人の“嗜好品”の概念とは異なる人々も多い。(高田公理 2004, p.113)
(*2) 渡辺公三 2003, p.12
(*3) 伊藤俊太郎 1997, p.255